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ググれジェフ

スマホが古すぎてポケモンGOが落とせないのですが、どれくらい古いかと言うと、マヤ文明に人類が滅亡すると予言された年に発売された物で、当時の僕は「マヤがそう言うなら人類は終わるのだろう」と思っていたので、せめて最期に携帯を最新式の物にしようと決意し、ガラケーからスマホにしたのだけど、それから普通に4年の歳月が経ち、その間に死んだのはハンターハンターのコルトピだけで、深刻な金欠なので機種を変えることもできない。

マヤに対して憤りの思いもなくはないのだけど、「マヤはときどき勢いで物を言ってしまうことがあるけど、俺がその横で理性を働かせて、マヤを見守ってるから、マヤはいつも明るく素直でいればいい。その代わりに俺が頭でっかちになってる時には、マヤが俺を叱ってくれよな」という関係性を見出すことにより、納得の思いが生まれている。

ポケモンGOはポケモンGOで全然いいのだけど、8年間も無職をやってると、マツモトキヨシでウエットティッシュのケースを積んでる店員さんにも「敗北」の2文字が重なって見え、そういう劣等感と、単純に病状がだるいというストレスもあって、こちとらその日その日の生活をGOしてるんよというような状態になっていた。

なっていたのだけど、フットサルで足をねんざした関係で、たまたま病院に薬を取りにいけない日があって、しばらく薬を飲まなかった。そのあと離脱症状のようなものがあったのだけど、「飲んでてもどうせ働けねーじゃねーかジェフ」という思いがあって、ジェフというのはカスをもじって市原にしたギャグなのだけど、それから思い切って断薬をした。

それでいま薬をやめてから3ヶ月経ってるのだけど、総合的に考えて前進していると思う。けっきょく僕の場合は作用より副作用の方が強かったようで、「じゃあ今までの治療はなんだったの!?」と脳内の柴田理恵が言ってるのだが、今の方が生活が成立していると思う。

でもここで気をつけてほしいのは、僕の場合はたまたまそうだったかもしれないということで、いま服薬をしている人たち全員が薬をやめた方がいいとは言えないと思う。そういう風に先走ると、カンボジアに国籍を移してしまった猫ひろしみたいになる。

でもまあ僕は以前から投薬治療に疑問を持っていて、あれは結局人間が本来持っている治癒力を軽視や阻害している気がする。僕がよく言う、僕をよく理解してくれてる友人たちにしかウケない台詞に、「いやいや、じゃあイソジンがなかった時代には全員インフルエンザかい!あのカバくんは人類が全てインフルエンザになった世界の生き残りかい!」というのがあって、これはまあ相手を笑わせるために言ってるのだけど、事実と照らし合わせても一致すると思ってる。

僕は全ての問題は自然に逆らうことで起こると思っていて、だんだん2時間8万円のセミナーみたいになってきたが、病気を治すのはやはり睡眠と食事が基本で、精神病の場合はそれ+自分のストレスを見つめることも大事だと思うが、この3つは全て人が初めから持っている能力で行えることで、それは自然に存在する人間の力を信用することにつながると思う。僕は人の能力は人が作ったものではない気がしていて(少なくとも上記3つは違うと思う)、睡眠も食事も最初から与えられている行為だし、思考は本人の努力で伸びるので微妙なところだけど、少なくとも「脳を使って物事を考える」というのは、自分で仕組みを作ろうと思って作ったものではない。そういうもしかしたら神様か誰かに与えられた力を使うことが、対症療法でしかない場合の服薬を行うことよりも、大事だと僕は思ってる。たぶんこの段落で読者の半分がタブを閉じている。

で何が言いたいかと言うと、薬をやめて、そういう本来の働きをし始めた僕の心身が、これからいい方向に向かうような気がしている。実は最近やりたいバイトが見つかって、断薬を始めてから3ヶ月しか経ってない時点で焦るつもりはないのだけど、頃合を見て面接を受けようと思っている。

でも絶体絶命の人が、ひとまずその場をしのぐために薬を飲むことは必要だと思ってる。だからそう焦って猫ひろしになるなと言っているだろう。

正直に言って、僕は病院に行って遠回りをしたと思う。だけれども、そういうことが起こるのが、人生なのかもしれない。たぶん僕は通院をして損をしたけど、通院をしなければ、(たぶん)科学は自然に対してある程度距離を置くべきという意見を持てなかった。いいことも悪いことも、自分の成長につながるという意味では、無駄ではないのかもしれませんね。最後まで読んだ人は8万円を寄付してください。