友達と公園で遊んでたら、白人女性に「一緒に鴨を保護しませんか?」と言われた

サッカーを現役バリバリでやってる人たちには勝てないので、今までボールを蹴ったことのないような初心者を圧倒するという、性悪ポケモントレーナーみたいな姿勢で公園で遊んでたら、友達の女の子がドリブルを教えてほしいと言うので、指導することになった。

その子に彼氏がいるので、味の素スタジアムに押しかけるハーフモデルみたいな感じで、俺を狙ってるわけではないと思うので、特に気負うこともなく楽しく遊んでた。タイトルとは関係ないのだけど、ドリブルを他人に教えるのはとても難しい。ドリブルは結局ディフェンダーとの駆け引きなので、この場面ではこうしなさいという、分かりやすい指標みたいなものが伝えづらい。そもそも僕は、いろんな極意は理屈ではなく感覚で分かるものだと思ってるので、「ここでズバッとこう!」と、たまにしか風呂入らない芸術家みたいな漠然とした指導をしていた。

公園にはグラウンドが2面あって、スロープを通って互いに行き来できる。それで意味が分からないのだけど、このスロープに鴨がいた。未だによく知らないんですけど、鴨って水辺にいるんじゃないんですか? 湖とかで、事故が怖すぎる中年女性のドライブみたいなスピードで泳いでるイメージなのですが、その鴨がいました。2人でそれを見つけて、かわいいねなんでこんな場所にいるのだろうなどと話したのですが、別に危険にもならないし、そのうち飛んで元々いた所に戻るだろうってことで、特に対処しませんでした。

伊予はまだ16だからに対抗して、鴨は2時間たってもいるから、というのをいま考えたのだけど、鴨が2時間たってもいた。別に2時間ずっとサッカーをしていたわけではなく、途中で休憩もしたのだけど、ほとんど鴨を見る休憩だった。で、まだいるねーとか言ってたら、後ろから「その子どこから来ましたか?」と言われた。いま冷静に考えると、いくら鴨に気をとられていたとはいえ、神経質な僕に、全く気づかれることなく近づいてきたのを考えると、あれロシアのスパイだったのかもしれない。

で振り返ったら金髪の白人女性だったんですけど、初めてのブロンドとの対峙が急すぎない? 僕のイメージでは、ディベートで圧倒的な実力を見せつけて、1回生時から良くも悪くも注目されてる秀才大学院生が、翌年のビジネスインターン初日に、斜め前のデスクに座ってる感じで、ブロンドの女性が登場するものなのですが、川崎の公園で鴨のこと聞かれながら見たからね。

男というのはどうしようもないもので、内心では混乱している時でも、それを絶対に周囲に悟られないようにする。これは戸愚呂と幻海との関係からも明らかで、戸愚呂が幻海に対して、もう少し自分の弱さをさらけ出していたら、戸愚呂の変形は60%くらいで済んだかもしれない。

それで平静を装って、「ああ、僕たちも分からないんです」とか言って、なんか3人で鴨を愛でる流れかと思ってたら、どうやらその女性は鴨を保護したいらしい。鴨を生け捕りにして、近くの動物公園に帰したいのだと言う。

え~ 自分で飛んで帰れる~ フッフゥ~↑ というのが最初の感想だったのだけど、よく考えたら、自分たちが公園に来てから、鴨が飛んでるのを1度も見たことがなく、それはもしかしたら、体のどこかを怪我しているため、飛べない状態になっているかもしれなかった。

確かに好々爺じゃないんだから、公園で2時間も散歩だけする鴨なんているはずがなかった。それでその女性は、先に役所に連絡していて、こういう事情でたぶん水辺に帰れなくなってる鴨がいるのだけれど、そちらで保護をしてもらえないかと頼んだらしい。しかしその返答は、人に危害を加えたりせず、また怪我や病気の状態がはっきりしない限りは、こちらで動くことはできないというものだったらしい。

かなりしっかりしている女性だった。ここでその女性の容姿を発表すると、シエンナギロリーをもう2苦労させた感じで、納得のリーダーシップを発揮していた。やはりバイオハザードに出てくるような女性は、全員しっかりしている。

でも鴨は、けっこうちゃんと歩いていた。これ微妙じゃね?というのが正直あった。しかしとても難しい局面だった。もし鴨が本当に怪我をしていて、自分が元々いたところに帰れなくなっていたとしたら、なにかの協力はしたかった。でも歩くのはぜんぜん問題なかった。これ最悪この人は鴨の狩猟をしたいのでは?っていうのも正直あったけど、それはちょっとほんとのバイオハザードだなっていう躊躇もあった。

自分の中で結論が出ないうちに、鴨の捕獲作戦が始まっていた。一緒にいた友達の女の子は、白人女性に協力的だった。彼女たちの行動は、たぶん愛に基づいていた。ここでこの人たちを止めるには、鴨の安全を保障する理性的な理由が必要だったけど、自分の頭ではそれが見つけられなかった。

「そっち持ってくだサイ」と、白人女性が南国のベタなハンモックみたいな網を友達に渡し、僕はその反対側で、鴨を捕まえたあとに入れる箱を持っていた。

「進んでね」と、鴨か女の子か俺か誰に言ってるのか分からない台詞を発した後、白人女性は鴨に近づいていった。女性は、僕が見た限り本気で動物を助けたいというような顔をしていた。女の子は、もっと真剣で優しい目をしていた。俺は、「ちょっとキミ、飛べるなら飛んで逃げたほうがいいよ。捕獲はたぶん怖いから」と思っていた。なにこの状況。

鴨は網が近づくたびに走って逃げ、4回目くらいで普通に飛んで去っていった。「だから言っただろ」と主張するには、自分の行動があまりに中途半端だったし、とにかく鴨が無事に公園を出られた安心感で、しばらく黙っていた。白人女性は「ありがとうございました」と丁寧なあいさつをし、ほとんど動揺を見せずに帰っていった。

振り返ってみると、白人女性のしたことはちょっと微妙だったなと思うけど、それを合理的に止められなかった自分が情けなかった。あとから考えると、いきなり網を使って追いつめないで、食べ物かなにかで鴨を引き寄せて、鴨の体の状態をよく見たりしたほうがよかった気がするけど、その時はそこまで考えられなかった。というか最も身近な白人が、マッサンのエリーだったのでかなり動揺していた。

私たちは、どんな時も、陸上に鴨がいようとも、後ろから白人女性が登場しようとも、渡された箱がバッドばつ丸くんのやつであろうとも、自分の感情をコントロールし、しかし愛を見失わず、理性的に行動するために、誰もが日々の学びに挑戦しているのかもしれません。あと女の子のドリブルは、元音大生の中でたぶん1番になりました。終わりです。