ファッションセンスのなさを笑いで挽回することはできるか

すいませんこれ僕にとっては死活問題なので、風呂場で思い立ってからパソコンの前までダッシュで戻ってきて書いてます。もしよかったらコメントで皆さんの意見も聞いてみたいです。もしできるなら今後は「ダサいけど時々放つ一言がえぐってくる奴」のポジションを目指すので。

僕なりにファッションセンスとは何なのかを考えてみたんですけど、これも結局あらゆる能力同様に才能と努力だと思います。かっこいいとダサいを感覚的に理解できるか、これはもう生まれつきの素質です。それプラス情報収集などの地道な勉強、この二つで構成されているのがファッションセンスだと思うのです。

さて、インターネットで改めて言うとちょっと面白いんですけど、僕ダサいんですね。前述の才能と努力で言うとどちらも壊滅的です。感覚に関しては自分がかっこいいと思うものを紹介すると周囲は大抵苦笑いで、その引きつった顔写真で履歴書送ると絶対落ちるだろと思う表情にしばしば遭遇します。例えば僕はサッカーが得意で、サッカーってボールを扱う技術はシュートかパスかドリブルに大分されるんですけど、シュートとパスって反復すれば誰でも上手くなるんですね。どんなに運動が苦手な人でも、繰り返しボールを蹴る練習をすれば必ず上手くなります。これに関しては絶対的な確信があるので実際に普段運動しない人に教えてみたいです。アウトフロントでゴール隅に蹴れる熟女とか面白いんで一度指導してみたいです。ところが最後のドリブル、これに関しては反復練習だけではままならないところがあります。ドリブルは独特の感性やひらめきが求められる、と言うのもドリブルは人を相手にするからです。シュートやパスは間違いなく自分とボールの対峙なんですが、ドリブルはそれプラス人間を突破しなければいけません。そうなると動きのパターンを瞬時に選択しないといけなかったり、時には相手の気持ちを読まなければいけません。この相手を出し抜くというところがまさに感性の部分で、これは運動神経だけでは賄えないのです。で、この流れで言うの気持ち悪いんですけど僕はドリブルが得意なんですね。相手の裏をついたり騙したりするのが得意、というかむしろそれ以外の能力が低すぎてサッカー選手をあきらめたところがあります。で、何が言いたいかというと、この対人で役に立つはずの感性がファッションの世界では全く通用しないんですね。昔ドン小西が「ファッションは周囲への配慮だ」みたいなことを言っててなるほどななんて思ってたんですが、実際の僕は全く気遣いができないんですね。それは悲しかったですね。俺のあのキックフェイントも足裏タッチも、ファッションという強大なディフェンスの前では全くの無意味だと分かった時、僕はドット柄のズボンを一つ破り捨てました。

努力の方はそもそもする気がありません。なんかこう努力って才能という軸があった上で、その能力をもっと高めるための付加要素だと思うんですよね。僕のファッション感覚の死は前述した通りなので、そこに努力という強化をしてもたかが知れてるんですよね。キャタピータウリン使ってもニビジムまでしか通用しないみたいな、そういうのあるじゃないですか。なのでファッションに関する努力はほぼしていません。

さて、自分がいかにダサいかを1000文字近くかけて語った訳ですが、ここでようやく表題の問題に触れていきます。

僕の結論としましては、「全員は無理だけど挽回できる相手はいる」というものです。ファッションは対人関係の入り口にはなりますが、その後の対話で挽回することは可能だと思います。結局相手を深く知るというのが人間関係の真髄であって、表層的な格好だけではそれを測れないからです。それでもきっかけの見た目の部分で距離を置いてしまう人もいると思います。能力のバランスが悪いと察知するという意味では、それはそれで賢明な判断でもあります。なのでおしゃれが苦手な人が人間関係で多少不利だというのはあるでしょう。

で、ここから少し個人的な話になってしまうんですけど、ファッションに関して不器用な僕がコミュニケーションで挽回するとしたら笑いが一番手っ取り早いんですね。まあ他にも優しさとか厳しさとか色々あるのかもしれないですけど、他人と明確な差をつけられるのは笑いなんですね。完全に自分が面白い人の前提で言ってますが、ネット大喜利を5年もやってるともう感性が1周して何が正解か分からなくなる程に、笑いは僕と深く関わっている分野なのです。ただこれが人間関係を必ず円滑にするのかがちょっと不安で、と言うのも人を笑わせようとするとどうしても自己主張が強い印象を与えることになるので、皆さんはどう思うかというのをなんとなく聞いてみたかったです。でも僕自身は度を超えなければ笑いはそれなりの良薬になると思っていて、笑いと上手く付き合っていければいいなと考えています。

実際に僕が体験した例で言うと、大喜利サイトのオフ会で、そもそもネット大喜利ユーザーは大概ファッションが終わってるんですけど、その中でも一際くすんだ輝きを放つタンスというハンドルネームの男がいて、最初見た時に妖術師かと思うくらい黒で統一された、それでいてみすぼらしい格好だったんですね。まあ前述した通りネット大喜利ユーザーは大抵おしゃれではないんですが、この護符と縁のありそうな男にはさすがに絶句していました。そんな彼の印象を一変させたのが笑いで、なんかメンバーが全員揃うまで適当に渋谷をブラブラしてたらスポーツショップにたどり着いて、入り口の闘莉王のポスターをみんなでなんとなく見てたら、タンスが「優しい雪男みたいですね」とか言い出したんですね。おいおい、こいつできるぞ。そこから彼は一気に場に馴染み、空気が緩和したのを覚えています。

まあこの事例は元々お笑いが好きな人間が集まっていたという前提があるんですが、それでも笑いはある程度の力を持っているのかなと思います。何かの不足を他の何かで補うことができたら、人生を豊かにできるのではないでしょうか。最後に、今スカイプがオンラインになってるタンスさんに「服とかどこで買ってるんですか?」と聞いてみたところ、「フリマ」と返ってきました。フリマらしいです。

あ、あと「別に人を笑わせるのはいいけどそれをダサい奴がやってると腹立つ」とかいうのは本当に傷つくのでやめてください。僕ももう限界なので。終わりです。