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思い出てろてろ 幼年期編

僕が持っている一番古い記憶は、保育園に通っていた頃のものです。僕はとにかく母親にべったりで、毎朝保育園に預けられる度に泣きわめいていました。保育園での生活態度もひどい様子で、先生が近付くと壁の方を向いて会話を始めるというS級の陰気臭さを放っていました。覚えてる事件で一番ひどかったのは、お遊戯に馴染めなかった僕が先生の目を盗んで教室を抜け出し、先生たちがどこを探しても見つからず、保育園中が大騒ぎになり、いよいよ警察沙汰かというところで、屋上から僕のミニ四駆のマシンが落ちてきたことです。この頃から内向的な性格が見え隠れしていた気がします。

保育園に二年分の謝罪の意の菓子折りを渡した後、すくすくと育った僕は意外にも4歳の時にサッカーに出会い、その世界にのめり込んでいきます。不思議なめぐり合わせで偶然入った若葉幼稚園の園長が大のサッカー好きで、なぜか幼稚園のイベントの一つとして「ワカバカップ」が開催されていました。ワカバカップはトーナメント方式でサッカーの最強クラスを決めるのですが、試合の終盤になると突然園長が乱入してきて、一人でハットトリックを決めて大喜びしていました。僕は一応サッカー経験者だったので園長に目をつけられていて、「君は将来第二のバティになれる」と期待されていました。今思うと将来を日本人に例えないあたりあのおっさんはほんとにサッカーが好きだったんだなと思います。

この園長は本当に強烈な人で、当時「ねことねずみ」という鬼ごっこのような遊びがあり、当然のように園長も参加していました。むしろ園長から「やろう」と言いだす日もあったくらいで、精神年齢は園児たちと互角かそれ以下だったと思います。ねことねずみはねこチームがねずみチームを捕まえるというルールだったので、誰がどちらのチームに所属しているか見分けるために、色違いのリストバンドをするのですが、齢53年の園長は、自らのチームを偽装するためにねこのリストバンドの上にねずみのリストバンドを重ね、油断したねずみチームの子供たちを捕まえるという暴挙にしばしば出ていました。

ここで僕は人として一番大切な「純真さ」のようなものを失った気がします。