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解説は理性でしゃべるべき ~ラーメンを取り戻せ!~

日本シリーズやってますね。野球よりサッカー好きの僕としては、空中元彌チョップの初披露と同じくらいの興味しかないのですが、父の影響で食事中に見ています。

その日本シリーズですが、気になったのが解説の傾向です。何か状況に対して主観的というか、感想を吐き出してるだけのような印象を受けました。漠然と「無職」と「死ね」という単語が浮かんできましたが、あくまで個人の意見ということで。

僕がスポーツの解説者に求めるのは専門的な分析や説明であって、短絡的な感想ではありません。ところが最近の日本シリーズを見ていると、まさにその状態なのです。試合の全部を見ている訳ではないのでたまたまかもしれませんが、そういう発言が何度も聞こえてきました。

深く細かい説明、つまり本来の解説は、理性から生まれると思います。状況を冷静に受け止め、分析し、それを伝えるのには、平静で奥深い思考が必要です。そのために必要なのが理性なのです。

理性と対極にあるのが感情です。感情は冷静な思考を鈍らせ、混乱させます。前述の「感想」というのは感情から来ると思います。物事を判断する合理的な思考ではなく、その場の突発的な心の動きです。

状況を把握するのには、常にこの感情を排除し、理性を働かせ、論理的であるべきです。スポーツの解説者にも、このような能力が必要なのではないでしょうか。

まさかここから上海スクエアの話になると思わないですけどなるんですよね。全国展開してるデリバリー中華の店で、ここからその話になるんですよね。僕はこの上海スクエアを愛用していて、携帯の発信履歴がお母さんに次いで2位にランクインしています。他の店はどうか知らないですけど、上海スクエアでラーメンを頼むと麺とスープが別々に届くんですね。麺は丼に、スープは水筒に入っていて、これはおそらく麺が伸びないようにする配慮だと思われます。そのスープを配達先の玄関で丼に注ぐんですけど、こないだこの水筒のスープを玄関で派手にぶちまけた店員さんがいまして、それはもう派手にぶちまけたんですね。イメージ的にはグレート・ムタが吐く毒霧と互角で、さりげなく食品を害に例える最低な表現ですけど、そういう事件がありました。僕としては「おやおや、こぼしちまったのかい。そんなに慌てるからだよ」と手作りパイ焼く系の老婆の感じでいたんですけど、店員さんの方は大慌てで、「も、申し訳ありません!」とホテルマンの時の高嶋政伸くらい謝ってきました。

勘のいい高嶋政伸ファンならもうお分かりかと思いますが、これも結局理性が大事だよねって話です。ラーメンのスープをこぼしてしまったのはもう仕方がない。大事なのはその後どうするかであって、そこに余計な感情は要らないのです。具体的にはスープの予備があればそれを使えばいいし、なければ店に連絡して対処法を決める。ミスをしてしまったことを悔やむよりも、ラーメンを本来の状態で提供する、商品を取り戻すことを考えるべきなのです。

人生では様々なことが起こります。それに対してなるべく感情を排除し、理性的に対応することが大切だと思います。それができれば無闇に混乱に陥ることがなくなるからです。

最後に、僕は理性でしゃべる解説者として、風間八宏さんを尊敬しています。最近はテレビであまりお目にかかれませんが、彼の冷静な解説にはいつも感心しています。ただ、風間さんがすぽるとで言わされていた「マンデー・・・セレクション!」という台詞を発する場面では全く理性が感じられず、ただのはにかむおっさんになっていました。ともあれどんな時も冷静でいたいものですね。あと玄関はまだ臭いです。終わりです。