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「デーモンの召喚」は未だに誰視点なのか分からない

僕が子供の頃に猛烈な遊戯王カードブームが起こりまして、当時原作の漫画が連載中だったこともあり、学校では暇さえあればカードバトルが行われていました。

その遊戯王カードで未だに腑に落ちないことがあって、それが表題の「デーモンの召喚」なんですね。これ文字だけ見るとあまり違和感はないと思うんですけど、カードのイラストと一緒に見ると拭えない疑問がふつふつと湧き上がるんですね。

 

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いや、これは誰?っていう。

いや、もちろんどっか魔界かなんかから召喚されたデーモンなんでしょうけど、それなら「デーモン」でいいですよね。だけどカードの名前には「デーモンの召喚」って書いてあるので、なんか大きめのフードをかぶった召喚士が魔方陣かなんかでデーモンを召喚してる画が浮かぶんですよね。

そうなるとイラストもその召喚士でいいと思うんですけど、じゃあ上の画像のこいつ誰?ってなるんですよね。

これが例えば「召喚されしデーモン」という呼び出されたデーモンを意味する名前なら分かるんですけど、「デーモンの召喚」って言われるとどうしてもデーモンを呼び出す行為とそれを行う人物を想像してしまうんですよね。

500字書いた時点で「こうしてクレーマーが生まれるんだな」と思いましたけど、これは僕の中でちょっと見過ごせないというか、幼少期の思い入れがある分ちゃんと納得して次に進みたいんですよね。

じゃあ画像のモンスターが召喚士だとして考えてみましょうか。画像のモンスターが召喚士で、彼が異世界からデーモンを召喚する。そう考えれば辻褄は合うんですけど、ちょっと召喚士頬こけすぎですよね。あれが召喚士ならうちの近所の駐輪場のおっさんも召喚士だよ。そう思ってしまうほど一般的な召喚士のイメージとかけ離れてますよね。

そうなるとやっぱり召喚士は別にいて、画像のモンスターは召喚されたデーモンになると思うんですけど、それだとやっぱり「デーモンの召喚」っておかしくないですか。召喚という言葉が最後に来てる以上は、カード名は「行動」を指すと思うんですけど、下のイラストはデーモンという「実体」を示してますよね。

つまりあのカードは一体誰の視点から描かれてるのか、「デーモンを呼び出した召喚士」の視点なのか、それとも「呼び出されたデーモン」の視点なのか、この点が釈然としないのです。

曲がりなりにもブログをやってる者として、言葉で間違えたくないっていう思いがあるんですね。文章が面白いかどうかは別として、せめて読者に伝わるように書くのが最低限のラインだと思います。僕がよく言及することの一つに、「だけじゃないテイジン問題」というのがあって、ある繊維会社のCMで「世界のDVDの約70%はテイジンのポリカーボネード樹脂でできています」みたいな宣伝の後に、唐突に「だけじゃないテイジン!」という煽り文句が入るんですね。僕はこれが全く分からなくて、ことあるごとに議題にしてるんですね。何せ唐突すぎる。それまでの繊維業のアピールから一転、突然幅広い産業での活動をアピールする様が、視聴者にワンテンポ遅れた理解をもたらすんですね。結果全体を通したCMの印象が、何か釈然としないぼやけたものになってしまいます。

限られた時間や容量の中で、いかにスムーズに印象を与えるか、これは全ての発信において重要なことだと思います。その伝達の中心となるのは、やはり言葉です。そして、デーモンの召喚を見た時に、僕たちは円滑な情報の受け取りができるでしょうか。

えー、僕がKONAMIの社員だったらこういう人を出入り禁止にしますが、長年の疑問が未だに解消されないので記事にしてみました。この件に関して新たな意見がある方はコメントで教えていただけると嬉しいです。そういえばこないだ「こだわりが強すぎる男は嫌われる」っていう記事を見ました。僕のことですね。終わりです。