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「1日に必要な野菜の量」みたいなやつ

あれ多くない?そんなに要らなくない?ボウルにいっぱいじゃん。いや分かるよ。たぶん専門家の管理栄養士とかが、人間の体のことをよく勉強した上で、健康的な生活を送るための指標を示してるんだと思う。でも多くない?家庭科の教科書でこういう写真が出てきた時に、イラストのタカシくんが「わあ!こんなにたくさん!?」って言ってたけど、俺はその野菜の量に戦慄して言葉も出なかったよ。

いや、人それぞれだけど、野菜けっこうしんどくない?もう少し年を取って味覚が変わればまた違うのかもしれないけど、野菜しんどくない?基本的に水分を食べてる気分になる。例えばそんなドラマないけど、お母さん役の和久井映見が「今夜はカレーよ」って言うじゃないですか。言うじゃないですかっていうかそういうのあるとするじゃないですか。そしたらそこそこいい番号もらってるユニフォームを着てる息子が、「やったー!」とか言うのって容易に想像できますよね。でもこれがサラダだったら?大抵カレーを作る場合横にサラダとかもつきますよね。でも和久井映見は「今夜はサラダよ」とは言わない。もし和久井映見が料理を終えた後にそんな台詞を言ったら、息子も「(ウン) やったー!」みたいになりますよね。心なしか表情も沈んでて、背番号も控えのそれに落ちてそうですよね。

あとドレッシングですよね。野菜を多く摂るためにドレッシングをかけることがあると思うんですけど、ドレッシングのそんなに事態が進展してない感じなんなんですかね。少なくとも僕は、ドレッシングをかければ野菜をもりもり食べられるほうではないです。そもそもあんなにみずみずしいものに液体をかけるってどうなんですかね。僕は野菜の水気とドレッシングのドロドロが、お互いのいいところを相殺してるように思います。Googleで「レズ ドタキャン」で検索すると、案の定t.A.T.u.が一番上に出てくるんですけど、それは調べる前から分かってましたよね。ある程度想像力がある人なら、その結果は容易に予測できます。ならばそのイメージする力を、食品のマッチングにも活用するべきですよね。水分と水分が混ざり合ったら、何か釈然としないものになる。僕はこの想像力の大切さを、ドレッシングというものを開発した人に説きたかったのです。

結局野菜っていうのは、少なからず無理をして食べられてるところがあるんですね。その野菜を、子供が本気でビー玉集めたみたいな山盛りにされて、「これが1日に必要な野菜の量です」って言われるとちょっと辛い。僕たちはただ無機質に食べ物を放り込むロボットじゃない以上、現実の食欲との兼ね合いを考えてほしい。でも健康診断とか行くと、必ず「野菜をたくさん摂りましょう」みたいないい匂いのするパンフレットもらいますよね。

ナイフエッジ・デスマッチですよね。ここまで来るとナイフエッジ・デスマッチですよね。そんなに野菜を摂りたくない人間と、野菜が一定量必要な人間の体の仕組みとの決闘ですよね。人が生きていく上でのやりきれない矛盾のようなものを感じます。僕はせめて、「1日に必要な野菜の量」という表記を、「1日に摂ると理想的な野菜の量」というものに変えてほしいです。僕たちは常に、理想と現実の狭間で葛藤する悩ましい存在なのですから...

今回地味に言いたかったのは、僕の理想のお母さんは和久井映見だということです。終わりです。