トイレの鍵の赤と青のやつは内側にもついてないと安心できない

コンビニとかのトイレについてる、「いま中に人が入ってます」と示すための赤と青のやつあるじゃないですか。あれなんで内側にもついてないんですかね。ちゃんと鍵がかかったか分かんないじゃん。いや分かるけどね。ちゃんとつまみを回転させればかかるけどね。でも分かんないじゃん。つまみを回して鍵をかけるというのはとても曖昧な行為で、中途半端に回してたら開くかもしれないし、何よりも鍵をかけたという確証が得られないですよね。これがもし色という明確な差異で施錠の有無を確認できれば、何も気に留めることはないですよね。僕なんかはこれがいつも心配で、鍵をかけた後1回ドアノブを回してチェックするんですよね。

いや、神経症ブロガーかよっていうのも分かるけどね。分かるけど、用を足してる時にドアを開けられるのめちゃくちゃ恥ずかしいじゃん。俺は太宰治の苦悩を知らないけど、どうやら人間失格の主人公の憂き目は、太宰の生涯と非常に近かったみたいな話を聞いたことがあって、これはもう「わざわざ」の状態だよね。他人という存在がまるで理解できなかった大庭葉蔵ひいては太宰治が、自分を偽るために演じていた道化を、よりにも寄ってアホの竹一に見破られた時の羞恥が、コンビニのトイレでチンコ見られた時の慙愧とオーバーラップするよね。

ここで重要なのは、大きな不安を解消するためのコストがそんなにかからないということで、当然外側についてるものを内側につけられないはずはなく、費用対効果の面でとても有意義なんですね。僕と同じように不安に囚われてる人はたくさんいて、これ神経質あるあるなんですけど、神経質は神経質を見破ることにとても長けていて、他人のちょっとした言動で、その人がどこまで配慮に力を注いでるかがすぐに分かるんですね。例えば僕は高校時代に昼休み必ず歯を磨いていて、この時点で潔癖なんですけど、同じように昼食後に歯を磨く人が何人かいたんですね。で、同じきれい好きとしてシンパシーがあったんですけど、その中に歯を磨くとき歯磨き粉を浮かせる奴がいたんですね。浮かせるっていうのは、歯磨き粉を歯ブラシにつける時に、歯磨き粉のチューブの注ぎ口が歯ブラシにつかないように、少し離して放出するんですね。はい分かった。お前はアレだろ。口内の雑菌がたくさんついてる歯ブラシを、歯磨き粉のチューブの注ぎ口に接触させないことで、チューブ内部で雑菌が繁殖することを防いでいるんだろ。分かるよ。お前は文化部だったら野垂れ死に、運動部だったら心の中では孤立していて、帰宅部だったらなんか訳分かんない発明をするよ。

生きていく上での不安というのは絶えず発生して、それは成長という観点から見た場合必ずしも悪いものではないけれど、向き合いようがない不安は取り除いていきたいですよね。だってコンビニでチンコ見られるかもしれない不安なんて取り組みようがないじゃん。それは人類が長年衣服という文化を保持してきた以上、避けることのできない感情ですよね。なんか村上ファンドの社長の娘がどこか悲しげみたいなのあるじゃないですか。いやこないだテレビで見たら悲しげだったんですけど、そういうことですよね。父親が一つのことに没頭し、頂点まで上り詰めるためには、少なからず犠牲にしてきたものもあると思うんです。それは家族と過ごす時間かもしれないし、目に見えないものを中心にする価値観かもしれないけれど、何かの代償はあったはずです。そんな埋まらないピースを探し求める、村上ファンドの社長の娘の感情のような、そういうやりきれない思い、防げたかもしれない不安をこれからも生み出すつもりかトイレの鍵の赤と青のやつは。

もう終わりますけど、おそらく需要のあることなので、是非とも改善してほしいです。排除できるストレスを排除することで、他のストレスに対する余裕も生まれるはずです。でも昔浜崎あゆみがヘイヘイヘイで言ってた、「あゆの家のトイレは便座からドアノブまでが遠すぎて鍵かけ忘れたらやばい」みたいなやつは完全に自己責任だと思います。終わりです。