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サマンサモスモスは面白ワードだと思う

これサマンサモスモスのファンに怒られそうだよね。というか万が一サマンサモスモスを展開してる会社まで届いたら、最悪このブログサマンサモスモスに潰されるよね。そうすると、僕の人生での最上級エピソードになると思います。数十年後に親戚一同の前で、「ワシはサマンサモスモスにブログを潰された」と京極夏彦みたいな着物で言うことでしょう。最悪のジジイだな。

サマンサモスモスっていうファッションブランドがあって、最近その存在を知りました。なんか割と自然に着られる心地よさを売りにしてるブランドみたいで、20代の女性を中心に支持を得ているようです。で、まあタイトルの通りですよね。このワードを聞いた時に最初に想起されたのは、何かふわふわとした遊び心を取り入れたような、そういうユーモア精神でした。それがまさに着心地のよさ、ナチュラルさを表現したと言われれば何も返す言葉がないんですが、単純に一つの言葉としてのフィーリングで言えば、面白いか面白くないかで言えば、面白いのです。

なんか僕の中でファッションブランドの名前ってもっとスタイリッシュなイメージがあったんですね。例えばロディスポットとか、メルベイユアッシュとか、具体例が2つなのは察してほしいんですけど、そんな中で唐突にサマンサモスモスって言われたらどう思いますか?好きなポケモンの話をしてる時に、みんな「ピカチュウ!」とか「ヒトカゲ!」とか言ってる中、「スリープ」ってぼそっと呟くみたいな、スリープ・・・?あの黄色と茶色の・・・?みたいな不穏な印象を受けます。

僕ネット大喜利を7年近くやってて、多分もうライフワークとなりつつあるなと思ってるんですけど、これは本当に言葉の面白さでしか競えないんですね。フリップボードを使った対人での大喜利や、漫才やコントなどの舞台でのお笑いに比べると圧倒的にそこにある言葉、文字列が重視されてきます。そんな飛び道具なしのテキスト大喜利をやってる僕が見たサマンサモスモス、それは言葉が持つ伝達力を総動員したかのような、感性のツボを強烈に突いてくる威力があるのです。

じゃあ、例えば、全く言葉が分からない異国の地に放り出されて、右も左も分からないが、とにかく腹が減って仕方ない時に、適当に入ったレストランで、もちろんメニューは読めず、料理の写真があればいいのだが、それもない場合、店員に必死のボディランゲージで説明を乞いてる時に、ふと「サマンサモスモス」と聞こえてきたらあなたはどう思うのか。安心感を覚えないだろうか。それは料理の名前なのか、会話の中で流出した相槌のようなものなのかは分からないが、とにかく、この絶望的な状況に、安らぎを与えてくれるものではないだろうか。それは、面白い、おかしいというプラスの感情が、あなたに居心地のよさを提供してくれたのです。

あと片想いの時に言いそうですよね。それは、好きな人に好きと真正面から言えれば一番いいけど、そうじゃないじゃないですか。期待と不安は常に表裏一体で、行動を起こせば失敗するかもしれない。ある人は「そんなことを言ってたらいつまで経っても動けないじゃないか」と言うかもしれない。けれど、それはあなたにとっての失敗が「次につなげられるレベルの衝撃」だからで、この世に確かに存在する過敏な人たちは、今この時点では動けないということもあるのです。そんな窮屈な葛藤を抱えた少女が、不意に視線を向けてしまう少年を想い唱える言葉、それがサマンサモスモスなのです。

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実物はこういうのですよね。普通にかわいいですね。かわいいけど、これと例えば受話器を持った志村けんが「モスモス?サマンサモスモス」って言うのとどっちが起爆力あるかってことですよね。使い方次第で人を殺めてしまうこともできる言葉の持つ力を、改めて痛感させられますね。

なんかこれで炎上したらウケますけど、僕は僕の感じたことを誰の足も引っ張らないと思う形で書いたので迷いはないです。あとずっとどこかで「城へ戻るぞ!サマンサモスモス!」っていうフレーズを入れようと思ってたんですけど、僕の実力じゃ無理でした。終わりです。