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バスでカバンの中の鼻毛カッターがヴヴヴヴ鳴ってた話

もう終わったよね。エロマンガ島の住人だと思われたよね。ネット上でよく黒歴史だのなんだの書いてる人がいるけど、あの程度の痛い詩集を作ってたとかどうでもいいから。たかだか青臭い感情の表現が露呈したところで、それはその時点での感性の段階をなつかしんで終わりだから。それを踏まえて今がある。でも俺には次がない。日常に突然現れたどす黒い穴に吸い込まれて終わりだから。

鳴ってたっていうのは、音楽を聴いてたから気づかなかったんですね。僕は1日中音楽を聴いていて、生活と共に音楽がないと苦しいんですね。端的に言うと僕はぎりぎりで、長年無職や病気でいることの重荷に押し潰されそうなわけです。日常のあらゆる負荷をこなすには、音楽が絶対に必要で、例えば読書は僕にとって結構なストレスになるんですけど、世の中を広く知らなければ自分の世界も広がらないので、音楽の力を借りて本を読んでいます。音楽なんて聴いてたら読書に集中できないだろって思うかもしれませんが、僕の場合はストレスを散らすことに大きな意味があって、文字を取り込んでいく時に消耗する力を、同時に音楽で高めています。Perfume聴きながら「フリーズする脳」を読んでる時が一番意味不明な体験だったんですけど、とにかくエネルギーを注いでくれるものとして音楽を活用している訳です。

そんな用途で聴いてるからには、当然音は大きいよね。多分ヘッドホンだったら確実に音漏れしてるレベルで、東京を舞台にしたSF漫画の主人公がつけてそうなタイプのヘッドホンだったらとても迷惑なことでしょう。

まあそれはノリノリでしたよね。限界まで空腹な時ほど、たかがおにぎりでも深く感動するように、長年追い詰められてる僕にバス車内で入ってくる音はとても心地よかったです。

なんか変な感じがしたよね。それは異変というには大げさで、小波というと弱々しい、なにか不穏な空気でした。周りの乗客の雰囲気がどこかおかしいのです。僕は他人の気持ちを体感レベルで察知するのがとても得意で、美容師が襟足失敗した時の揺らぎを必ず見抜くんですけど、そういう小さな感情の変動を覚えました。状況をより正確に把握するには、五感を最大限に使う必要があると思い、不気味な警戒心を覚えながらイヤホンを外しました。

そしたら鳴ってたよね。これはもう瞬時にエロマンガ島だと思ったよね。その時の僕の動作は、反応というより反射に近く、情報に対して思考を経由せずに、身体が先にフィードバックしてスイッチをOFFにしたよね。

なんか鼻毛カッターを入れてたのは覚えてたんですけど、どの時点で鳴ってたかは分からないよね。僕は朝起きてすぐに音楽を聴き始めるので、もしかしたら家を出る前から鳴ってたかもしれない。もしくはバス停まで歩いてる途中でスイッチが入って、潜入捜査官の顔でバスに乗り込んだ時にもう鳴ってたのかもしれない。

しばらくは無だよね。心が無。周りは鼻毛カッターの本体を見てない以上、やはりエロマンガ島だと思われてる可能性がある訳で、そこからはいかに自分の感情を消すかに集中したよね。あらゆる出来事に対して反応しているのは結局自分の心で、その出来事はきっかけに過ぎず、最終的に自分がどう感じるかは、自分のテリトリーで行われている訳です。したがって自分が「出来事」に対して「反応」しなければ、あらゆる苦難はやり過ごせるのです。

でも無理だったよね。だって思いっきり鳴ってたからね。今思い出しても納得できないんですけど、なんであんなにこもる音だったんですかね。いやカバンに入れてるからこもるのは当然なんですけど、本来の鼻毛カッターの音よりかなり重い感じがしました。もしかしたら刃の部分がナイロンに引っかかってたのかもしれないけど、それにしてもきつかったよね。そこからは音楽はおろかバスのエンジン音すら入ってこず、ただひたすら歴代の偉大な僧だったらどう考えるかを模索してたよね。

これが月曜の朝の出来事で、いま火曜の早朝にこの記事を書いていて、いつもより早く目が覚めてるのは察してほしいんですけど、これからどうするかはまだ決めていません。乗るバスの時間をずらすか、思い切って自転車で通院するかもしれません。今回は微弱ながらも仏陀の領域に近づけた気がするので、今度仏道の教典に触れてみたいと思います。最悪きょう家でずっとそれ読んでます。終わりです。