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規格外ジャージ泥棒ストライカー

僕はサッカーの専門学校を病気で入学後わずか3ヶ月で休学した経歴があり、正式に退学の挨拶に行った時には、拷問された後のグリフィスみたいな体型になってたのだけど、その3ヶ月間で個性的な奴とたくさん知り合った。

生徒はトップ、A、B、C、D、Eという6つのカテゴリーに実力別で振り分けられ、僕は有望でもおいしくもないDカテゴリーに所属していたのだけど、合同練習とかで他のカテゴリーと一緒になると、「こいつ大丈夫かよ」と思うような選手が少なからずいた。

1対1の練習で、コーチが見てない隙に悪質なタックルをして舌を出してる奴とか、給水用のボトルをEチームの生徒に投げつける奴とか、ここだけ見ると重犯罪者収容所みたいだが、とにかく良くも悪くも強烈な性格の持ち主が多く見られた。

そんな変わり者たちの中に、僕と同じカテゴリーのマグノがいた。マグノは入学する3年くらい前に、父親の仕事の関係でブラジルから来日して、日本でサッカー選手を目指していた。マグノはお世辞にも上位カテゴリーの実力があるとは言えず、アメリカ映画で日本人が寿司ばっか食ってる間違ったイメージのような、ブラジル人だからといって必ずサッカーが上手いわけではないという真理を、僕に身を持って教えてくれた。

マグノは日本語の発音が少し変わってたけど、日常会話に支障はなく、チームメイトとのコミュニケーションもスムーズだったが、とてもマイペースなところがあった。練習試合に向かうためのバスの乗車時間に遅れ、コーチに「次遅れたら走ってこいよ」と言われても「ダイジョーブ」と陽気に答えていた。

ある日僕のジャージがなくなった。アンブロのイケメンパラダイスの時に小栗旬が着ていたジャージだ。寮の洗濯機に入れてスイッチを押した後、しばらく放置していたらなくなっていた。こういうことは過去に何度かあり、あるカテゴリーの生徒の練習着を、別のカテゴリーの生徒がバレないだろうと思って盗むのだ。カテゴリー同士の対立は少なからずあり、上は下を見下し、下は上に一矢報いてやるみたいな意識が確かにあった。それが発覚するたびに、犯人と犯人がいるカテゴリーは厳しいペナルティを受けていたけど、なんというかとにかく我が強い奴が多くて盗難事件は定期的に起きていた。

練習着を盗んだところで、それを着ないと意味がないので、というか盗んだ物を着て堂々と練習する根性がすごいなと思っていたが、過去に発覚したケースは全部練習前後に被害者が犯人に指摘するというパターンだったので、練習前に他のコートの別カテゴリーの生徒たちを注意深く観察した。とりあえず両隣のC、Eカテゴリーだけ確認し、残りは練習が終わってからにしようと思い、自分のチームに合流した。

マグノが着ていた。最初は僕と同じジャージをマグノも持っているのかとも思ったが、明らかにサイズが合っていなかった。小栗旬がそんなダボダボな着方してたら買わなかった。同じカテゴリーじゃねえか。カテゴリー同士の対立は、それぞれの大会で成績を残せばトップチームの監督が視察に来て、それをきっかけにトップチームに引き抜かれる場合があり、ひいてはそこからプロサッカー選手になれる可能性があるという競争意識のもとに形成されてるところがあった。つまりカテゴリー内の結束は固く、一丸となって日々練習していた。なのに盗んだのお前かよ。しばらく唖然として声をかけられなかったが、自分の物は返してもらわないと困るのでマグノに話しかけた。

「そのジャージ、俺のだよね」

「アア カゴニハイッテタカラ」

初め意味が分からなかった。カゴというのは洗濯カゴのことだろう。多分僕が洗濯機を回してそのままにしていたので、誰かが回収用の洗濯カゴにジャージを入れたのだ。そこに知らない洗濯物が入ってたらなぜ自分の物にしていいのだろう。

「俺が洗濯したやつだから」

「シラナカッタ スマン」

スマンじゃねーよ。どうやらマグノの中では、洗濯カゴに長時間放置された物はもらってもいいという認識だったらしく、ブラジルにそんな文化があるのかは知らないが、割と悪意なく持っていったらしい。話をするマグノの口調はよどみなく、どうしても嘘をついてる人間の言動とは思えなかった。結局ジャージはすぐに返してもらい、ほとんど後腐れなく付き合いが続いた。

それから僕は体調を崩し、実家に戻ってきた。病気の辛さと急に抜けたことの気まずさで、チームメイトとはほとんど連絡を取らなかったので、その後マグノがどうなったかは分からない。もしかしたらプロになる奴には、あれくらいの強烈な個性が必要なのかもしれない。マグノのフリーキック隣のコートに飛んでたけど。